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2009年10月26日

「私の中のあなた」

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映画「私の中のあなた」を観ました。

姉を救うために生まれて来た妹が、自分の身体を守る為に両親を訴える、というところから始まるストーリーで、ぐいぐいと話は展開して、久しぶりにジーンと胸にくる映画でした。家族のきずなを、じっくりと感じられる映画だと思います。

姉のケイトの恋人の「癌になって良かった。君と出会えたから・・」というようなセリフがありましたが、ここはちょっとタイタニックのジャックの言葉とダブって、ちょっと私としては気になりましたが・・ でもそれを差し引いても感動できる映画でした。

土曜日の晩は、クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」のレンタルDVDを観て、これも心に残りました。

この映画のエンディングも、実はかなり昔のカークダグラス主演の「ガン・ファィター」(The Last Sunset)<1961年作>のエンディングの、主人公がその答えを選んだ理由に通ずるものがあって、もしかしてそのオチのリメークかと、ちよっと気になりました。でも それを差し引いても、自分の中にある名画リストに入るものだと感じました。主人公が愛した人 或いは愛した人々の一番の為になる唯一の道を選んだというエンドです。

感動的な映画に出会えると、私としては心が洗われた気がします・・・

2009年10月25日

「効果的な笑顔」

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笑顔は動物の中で人間にだけ与えられた神様の贈り物だと聞いた事があります。チンパンジーは笑う表情をしても笑っている訳ではないそうです。

赤ん坊が駄々をこねても要求が通らないとわかると、最後に笑顔で助けを求める実験結果があると何かの記事で読んだ事があります。

我がお店で最近挨拶がとてもおざなりだと、知人に指摘されました。挨拶は100%出来て当たり前で、失礼のあったお客様からすれば、それが全てだという事になります。

「店長のオキテ」鈴木理善著 で仕事のワンナップは「効果的な」というフレーズを前につけることだと書いていました。「効果的な」という以上 誰に対して、何に対して効果的なのかが問われる。たとえば「効果的な笑顔」とすると、誰に対してなのか、どのような影響を及ぼしたのかが問われるという事です。

効果的なご挨拶が出来ているのかどうか・・・  
相手の心に届いたかどうか 大切にしたいことです。


2009年10月20日

東京スカイツリー

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我が本社の地元に建つ世界一の高さになる東京スカイツリーの今の姿です。

現在170メーター弱迄に建ち上がっています。東京タワーに代わる東京のランドマークになります。


町の人たちは日に日に高くなるスカイツリーに、自分の将来が良い形になる事を、重ねてイメージして、毎日楽しげに見上げています。

2009年10月18日

店舗巡回

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デベさんのテナント会や新店準備にかこつけて、ここ最近で30店近く巡回して、よく感じる事は、お店の仕上げは正に現場スタッフの思いの強さの差かなと、という事です。

同じ内装と同じ商品展開でも、ある3店に関しては、これほど出来映えとして、他の店とずれるものなのか、と驚きました。そのうちの一店を除いては、スタッフのモチベーションはしっかりとありました。店舗運営のオペレーションと教育の課題です。

店を巡回して、総じて言える事は、ほとんど多くの現場スタッフの一段上のお店を目指す熱意は、捨てたものではないぞという手応えです。

もちろん、好きなお店だから働いているけど、未だ職業としてこのお店を選んでいる訳ではないという、バイトさんやパートさんも沢山働いて頂いています。生涯をかける価値としてこのお店を良くしていこうと思って頂いている方と、その部分での齟齬(そご)が出てくるケースがありました。店長さんが、よく働いてくれるスタッフに過大に期待してしまって、そのスタッフを追い込んでしまったり、ちよっとした言動に失望し、それまでの良い雰囲気に水を差してるケースも発生しました。

様々な動機で様々な働き方があるのは当たり前のことです。

他人は自分と同じにはなり得ないが、仕事の手順などは同じでなくてはなりません。スタッフに対して同一を強いてはいけない領域というものがありますが、自分が働くお店が好きだという合意が出来ているかどうかは、お店を愛してくれているお客様の為に、とても大切な事ですね。

ちよっと散漫な文になってしまいました。一番伝えたかったのは、お店に対する思いの深いスタッフが、沢山いますという事だったのですが・・・


2009年10月14日

題名をつけない

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大学の時のクラブで写真展をやる時に議論が沸き上がったことがあります。

「作品に題名をつけるという事は、つけた題名の言葉のイメージで作品を見られがちになる。写真の映像から何を受け止めてもらえるかが、写真の写真たる由縁では無いのか。題名をつける事をやめよう」
という考えが主流になりました。

我々の写真会では、特にリチャード・アベドンや東松照明「NAGASAKI」「占領」「日本」i奈良原一高「消滅した時間」「王国」などの映像が論議されていました。

映画や劇画・マンガや、それぞれのジャンルがそうであるように、写真は写真でしか表現できないモノを追求すべしという事が根底にある考えです。

言葉からイメージしてしまう既成概念を振り払って、フリーハンドでその作品から何を受け止められるかが一番大事だという考え方です。

昔 倉敷の美術館でピカソの絵に出遭った時、私には理解不能と思っていたピカソの世界が、とてもシンプルで感じたままに描かれたものだったのだと、感動した事があります。彼が見た人や動物のインパクトの二面性・三面性を、そのままに描いたのだと感じたのです。

レッテル貼りというブログをかつて書きました。人を外見や第一印象、或いは風評や他人の評価に惑わされず、その人の本質的な人となりを理解していきたいと思っています。それぞれが歴史の違う日々を過ごしてきたのですから、好き嫌いや意見の違いがあって当たり前だと思っています。大事な事は、誠実であるか否か、良い事は良い、悪い事は悪いということはこだわりたいと思っています。この基準に対しての違いがどうしても調整できない時は、お互いが別々の道を歩くしか無いと思います。

2009年10月12日

ノーベル平和賞

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ノーベル賞の審査は候補者も審査過程も極秘で、受賞者への通知も発表当日だそうです。

その中でも、平和賞だけは得意でスウェーデンの隣国のノルウェー国会が指名した五名の委員によって審査・決定されるのだそうです。この方式をノーベルが遺言に書き残したそうです。隣国同士が連携し友好を保つための置き土産だったという説があるそうです。<日経新聞>

良い話ですねーーー

オバマ大統領の核廃絶宣言に希望を持って、広島と長崎が2020年オリンピック招致に名乗りを上げましたね。平和の祭典、現地では賛否いろいろあるようですが、二つの都市が人類史上最初で最後の原爆の被災地であることを願って、是非選ばれて欲しいと思います。その為の条件づくりは国が是非ともその理念において、援助して欲しいものです。

世界で唯一の戦争放棄宣言・平和憲法を全面的に押し出して、日本にしか出来ない平和貢献と、核廃絶に、日本は世界の先頭に立つべきだと思います。

平和と安穏があって、はじめてファッション産業は成り立つのだと思っています。

2009年10月11日

「ヴィヨンの妻」

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太宰治原作 映画「ヴィヨンの妻 桜桃とたんぽぽ」を観ました。

私の生まれた年の6月に玉川上水に入水自殺した事と、私にもなじみの深い船橋に住み船橋を愛したという偶然に曳かれたように、23歳くらいの時に10冊前後太宰作品を読みました。

作品に貫かれている彼の人となり、やさしさなりが、深く私の心にとまっています。

太宰作品の世界観がとてもうまく表現された、静かで味のある映画となっていると思います。じっくりと映画に入り込めました。

今では入手困難かもしれませんが、どうしても太宰というとリンクして来るのが永嶋慎二の漫画「漫画家残酷物語」三巻モノです。当時ハマリました。

どちらもいつかじっくり読み返したいと思い続けています。


2009年10月10日

食わず嫌い

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かつて、口にも入れずに食べれないと決めていたものに、生肉がありました。

ところが30歳近くになって初めてユッケを口にした時、とても美味しくて感激し、なんでこんな美味しいものを、食べもせず嫌がっていたのかと、後悔しました。それ以来、多数の人が美味しいというものは、外見にとらわれず、とにかく一度はトライしようと思うようになりました。

対人についても、外見やイメージ・第一印象や、或いは事前の風評・初めに語りかけられたぞんざいな口調などで、自分でバリアーを張ってしまう場合が意外と多くあるように思います。

人に対しても、事例に対しても、車でいえばギアをニュートラルにおいて、まず素直に受け止めて判断したいと思っています。進むも退くもまず予断を持たずに判断したいと考えます。

苦手だと思っていた人と、腹を割って話せる機会があったりすると、そこから大の仲良しになる事も多いですね。

感性的にどうしても合わない人も出会いますが、言っている事を支持できるか否かは別物だとも思っています。

一度このブログで紹介した
「連帯を求めて孤立を恐れず、孤立を求めて連帯を恐れず・・」
学生時代に出逢った言葉ですが、大切にしている言葉です。

2009年10月08日

税調改編

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私は決して民主党支持者ではありません。

政権が変わったことによる様々な既存システムの改編の過程で、今までのシステムが如何に既存価値を前提とし、既得権益をより守るために、主役たる国民の為や、事の本質から導き出されるべき、あるべき姿から逸脱したものであったのか、という事が白日の下にさらされてきている様に思えます。

今までの税調が、政府税調は形ばかりのもので、自民党税調が実態だったそうで、党幹部が「政府税調は軽視しない。無視するだけだ」と言いのけたという事が、明らかになりました。

こんな話も、政権交代を果たしたからこそ、我々が知り得たことです。

今のところ、そういった旧弊、旧悪がきちっと変えられる期待感を抱かせてくれています。

自民党はかつて、野党に政権担当能力はないと、言い続けていました。でもかつての与党は、体制の流れるままに身を置いていただけではないのか、本当に政権主導で事をなしていたのか、という答えが見えて来たように思います。

どんな事柄であろうと、いかなる選択肢もあるんだという事を、この間の政府の動き方を見ると教えてくれていると思います。

2009年10月07日

co2 25%削減

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政権が変わるという事はこうまでドラスティックに既存の体制にメスが入るのかと、連日目を見張る思いでニュースを受け止めています。

変えなければいけないモノと変えてはいけないモノをどれほど精度高く見極められるか、民主党の政権担当能力が問われるところです。

いろいろな事例の中に、発想が変われば、それはちょっと理想論すぎて現実的対応では無理があるのでは・・という事でも、そのやり方もありうるかと気付かされることも多いですね。

その一つがco2 25%削減問題です。経済界では負担が強すぎると懸念する向きもあるようですが、事方針として決定すると、その為に新しい業種の誕生や努力の方向が想像されます。環境ビジネスを制する者が世界経済のリーダーになると言ってもよさそうに思います。環境貢献で日本が世界を牽引できるといいですね。。

あと五年くらいで電気自動車やハイブリットカーが新車の全てに近いものになってくるのかと思います。という事は石油業界の在り方も変わっているという事です。

前提となる条件が変わると、それまで不動のものと思っていたことが、いとも簡単に動かすべきモノとなるということを、改めて自分のフィールドに置き換えて、見てみようと思っています。

2009年10月04日

本物は本物を知る。

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スポーツの世界でそれぞれの時代を沸かしたライバルの関係にトテモ感動する事が多い。

熾烈を極めたライバル関係の間には、基本的にお互いが認めあう良い関係を保っている人たちがとても多いものです。まさに本物は本物を知り、お互いに対して敬意を払っているからです。

実業の世界でも同じようなものがあると思っています。場合によっては喰うか食われるかの戦いをしなければならないのですが、なかなか出来そうもない実績をあげた人を、素直に評価しないと次の戦いに進めないものがあると思っています。

社内同僚や先輩であっても、良いライバルがいるとその人は飛躍的に成長できるものです。仕入先・得意先の人たちや同業他社の人でも、認めるところは認め、越えるべき目標のライバルとしたいものです。

アンチ長嶋と揶揄される野村監督は、本当は長嶋の事が大好きなのじゃないか思ってしまっています。

先ほどテレビで浅田真央とキム・ヨナのドキュメントをやっていました。清原・桑田の話が始まりました。二人の話はあまりに因縁めいています。同じ学校の時からも本当にライバルだったと思います。清原がいたから桑田があり、桑田がいたから清原があったというのは紛れもない話だと思います。

話はそれますが、清原の巨人に対する熱愛は凄いものでした。晩期の結果が出せない時でもネクストバッターボックスに現れただけでも球場全体がドット盛り上がり、どよめいたものです。誰もが清原の熱い思いに心打たれていたからです。そんな「清原の骨を拾えなかった巨人」という汚名を、我が愛する巨人が、どこかで拭いさって欲しいと思っています。